2017年03月の記事一覧

本や映画を旅するふくろうの日記帳

月別:2017年03月

メディアと日本人 橋元良明

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こんばんは、ふくろうです。今日は橋元良明さんの『メディアと日本人』でございます。
日本人はメディアをどのように受容し、利用しているのかを考えてみたいと思います。

メディア環境を考えてみました。ふくろうの家ではテレビ、新聞、インターネット、書籍、雑誌、携帯電話、後固定電話ですね。

新聞は核家族ではとっておられない家庭も多いかと思います。
核家族の時はふくろうはネットでニュースも番組欄も見て、新聞代を節約しておりました。

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しかし、親世代と同居してからは新聞は以前のようにとっています。もちろん親のためですね。
もしも図書館が近かったら、新聞は毎日、図書館で読もうかと思っていたふくろうです。
親の生活の中の習慣を尊重して我が家では再び新聞を取ることにしたのです。
現在ラジオはというと、災害用に一台確保してあります。
普段は使いませんね。

もともとふくろうは若いころから夜は弱くて、遅くまでラジオを聞く習慣はなかったのです。
携帯電話を友人たちが持っていてもふくろうは持っていませんでした。
仕事や介護にかかわってからは必需品になりましたね。

時代の進化とともに公衆電話が消えていき、あるところにしかない電話になっていっています。
携帯電話も、ふくろうの場合は緊急時のみに使用します。
ショートメールで間に合うことが多いからですね。

長話はPCでのみいたします。
電話は音が嫌いなのであまり使用しません。

ネットも家でゆっくり時間のある時に落ちついてやりたいので、出先では必要ありません。
ネットにかかわるようになってテレビ視聴が減ったかどうかを考えたのですが、
もともと見るものが決まっているので、ネットがなくても見ないことが多かったです。

子どもの頃はテレビにかじりついていましたが、さすがに主婦になってからはそれはできません。

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ですから、子育て中のニュースとかはやっていた音楽とかは完全に抜けています。
歌は子守歌がほとんどで、子ふくろうたちが大きくなっていって
やっとテレビを見る時間が与えられました。
やっと待合室から出られた感はありましたがさりとて何が見たいかといわれても、
何もなかったです。
後から遅れて楽しもうと思いました。

ネットには前々から興味はありました。PCはありましたが
自分の自由には使えない状態でしたから、じっと我慢していました。
時代が進めば価格もきっと安くなるだろうと当時は思っていましたね。

PCを自分の貯金で購入したのはうつ解消の目的があったからです。
つらかったので、やりたいことは生きているうちにやりつくしてみようと思ったのです。
初めは格闘技に近かったですが、格闘しているうちに楽しくなってまいりました。
こんな面白いものは子ふくろうにも是非やらせたいと思いましたね。

テレビで天気予報を見るのも楽しいですが、ネットで見るのもとても楽しいのです。
親子でいろんな経験を一緒にしていい思い出になりました。

ネットやPCで困ったら相談し合える親子にはなれましたね。
メディアのなかでは断トツでインターネットが面白いですが、ふくろうは書籍は残したいと思いますね。
紙の本、香りも手触りも大好きですから。

何度も読みたい本だけのライブラリーを作ろうと思っています。
先はまだまだ長いです。

では。

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薔薇のために8 第56話

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こんばんは、ふくろうです。
今日は『薔薇のために8』、「第56話 スクランブル」でございます。
産むというお母さんに、ふくろうもびっくりです。その理由は自分が大事だからですね。
自分の体にいい方を選ぶからいつでも妊娠したら生んできたというわけです。

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出産最高齢って何歳くらいでしょうかね。
個人差はあるでしょうが、授かったら産める可能性があるのでしょうか。
授かるってことはホルモンがまだお仕事してるんでしょうね。
お母さんは50歳は越えてると思いますから、微妙ですね。

葵君を生んだのが17年前としても、ひょっとしたら初産レベルになるかもしれませんよ。
これだけでも大変ですのに、父親が誰かわからないというのも、心臓に毛が生えていますね、お母さんは。

こんなに深刻にならずに産むと言えるひとは、お産自体が軽くすんできたのでしょうか。
世の中お産が軽い方もたくさんいますね。

ふくろうは軽くはないタイプです。
厳しいつわりも含めて、本当に命がけの妊産婦生活でございました。

芙蓉さんが怒るのもわかります。
生物学的に母親になるのはお母さんは簡単にできるけど、
そのあとはたぶん放任でしょう。

他の兄弟もみんな大きくはなったけど、お母さんのお母さん、すなわち
お婆様がおられてのことらしいです。
其れなら納得ですね。

「自分の人生を自由に生きる」これはどういう意味でいってるのでしょう。
人に迷惑をかけないで、自由に生きるのは自由です。

今回自分がねじ曲がっているという芙蓉さんとねじ曲がっているお母さんが激突いたします。

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家の中が闘牛ですね。
困って百合は猫吉さんに相談します。
猫吉さんが倒れたら芙蓉さんは動きます。
そして、猫吉さんと話をするうちに、素直になれるんですね。
猫吉さんは芙蓉さんをよくわかっています。
必要な人かもしれませんね。

堂々と恨めるお母さんなら幸せだと言われてしまいます。
そうですねえ、そういわれるとそうかもしれません。猫吉さんには芙蓉さんは甘えられることに気がつきます。

自覚があろうとなかろうと、家族の中で迷惑なことが増えるのも困りますね。
お母さんはいい年して誰に甘えているつもりなんでしょう。

受けがあるのかどうか。
しかも相当心の広い受け皿でないとこのお母さんを関わるのは大変でしょうね。
育てるのが自分でないなら、生むだけの生物学上の親になるのはむなしくないのでしょうか。

今回百合の思い出が語られます。
百合が幼いころ、お母さんとは出会っていたんですね。
その頃の若くてきれいな母さんは子供嫌いだったけど、枕野さんのため百合に会いにいったわけですね。

こんな風になんとなく家族内で会話が増えている花屋敷ファミリーでございます。
けんかもコミュニケーションのうちですからね。

では。

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薔薇のために8 第54話、第55話

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こんばんは、ふくろうです。今日は『薔薇のために8』、
「第54話 雪の国」「第55話 鏡氷(ミラーバーン)」でございます。
菫さんの気持ちの中で折り合いがついたのでしょうか。百合に救われたと言ってましたね。
要は本人たちの間で納得できる方向が出てきたならいいんですよ。
所詮周りにいてもわからに事が多いんですから。

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じっくりと気持ちを確かめてから動き出せばいいですよね。
葵君は膨れるしかできません。
それが流れというものですね。

菫さんと百合は未来に向けて歩き出そうとしています。
しかし、そこにはまだ片づけなければならない問題がどどーんと横たわっていました。

最後の最後まで、お母さんがねじれたまんまできていますからね。
愛の力を得た百合は真っ向勝負を挑みますよ。
お母さんの心をノックし続ける百合でございます。

他人のはずなのに、お母さんの心をちゃんと理解しているんですよ。
素直でないお母さんがこれからどう変わるのか期待したいですね。

亡くなった枕野さんにまだまだ意地を張るお母さんは
やり場のないものを抱えています。

ところで菫さんの告白は雪の街の中でしたね。
二人がファンタジーの中の住人に見えて素敵なシーンでしたね。

当然のこと葵君は失恋ということになります。
あれこれ迷い悩みこじれもめ返した結果、納得できるところに着地しましたね。
長かったですけど、必要な時間、手続きだったと思います。
人間、次のステージに行くまでにはこういうことはありますね。

ただ百合の結婚のためにお母さんが力を貸してくれるわけはないですね。

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枕野さんと別れたのは百合のせいだって、どんだけ人のせいにするの、と言いたくなります。
幼い百合は何もしていないですよ。

こじれるよりは柔軟に対応したらと芙蓉さんは言います。
枕野さんが当時本当のことをお母さんに話していないのも、変わってますよね。
くたくただったんでしょうか。
このお母さんは過去にこだわっているくせに、現代にちゃんと生きてるんですね。
その証拠が、あの爆弾発言であきらかになります。

懲りないお母さんですね。その生命力、無駄に使ってないですか?
子どもの数を増やすより、子供一人一人に手厚い愛情を注ぐとかあるでしょうに。
どうせ増やしたって、子供の世話を何にもしないと思います。
無計画すぎます。

初産からどれだけたってるかも考えないと、母体は危険ですからね。
産むって言ってますから、これは芙蓉さんは荒れると思います。

では。

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薔薇のために8 第52話、第53話

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こんばんは、ふくろうです。今日は『薔薇のために8』、「第52話 君の植えた薔薇」、「第53話 赤い鳥小鳥」でございます。
お母さん、何もしないように見えていましたが、薔薇を植えたのはお母さんだったんですね。

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お母さんの枕野一郎さんに対する愛情の証でしょうか。
薔薇を植えた。そして今も、薔薇は咲き続けるようにお母さんがしていたんですね。
枕野さんが生きている間は、お母さんは枕野さんとともに時間を過ごしていたのではなかったのかな。
好きな人がいるのに遊びまわるなら、いったい何のために、と思いますね。

枕野さん、きつかったでしょうね。その頃のお母さんにもう少しだけでも思いやりがあればと、
ふくろうは思いました。
結果、枕野さんが亡くなった後、長い年月を寂しく過ごしていくことになりましたね。

枕野さんの娘の百合が現れても、決してやさしい言葉をかけることなく、わが道を生きています。
菫さんも同じではないだろうか。百合は考えてしまいます。

さて秋がやってまいりました。
百合の悩みは、菫さんに愛されたいことですね。

愛されるのに、何番目でいいですからねと、いう人がいるでしょうか。片思いでいいなんて
一生ずっとそれでいいという人はその世界に住むしかないでしょうね。
普通はそれではむなしすぎると思います。

片思いというのは、お互いの間に感情の交流がないですね。だから自分の世界だけで生きることになりますね。
百合が欲を持つのも当然ですよ。

そして更なる悩みは、スカートがきつくてはいらない。これですね。
共感できますねふくろうにも。

要するに運動不足というか体の中の収支決算のバランスが崩れているというか、そのあたりでしょうね。

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考えてみるとお母さんは枕野一郎さんだけを愛して、今も愛し続けているのですね。
子供たちもそういうように愛することはできないのでしょうか。

お金がある生活ではお金を使ってストレス解消もできるでしょうが、
そうでなければお金がなくても工夫をして生きるかもしれません。
枕野さんはお母さんを引っ張っていくタイプではなかったんでしょうね。

お母さんを束縛したくなかったとも考えられます。
対等の関係を保ち続けるのが大事かと思いますが、相手を想っているからこその行動だと信じても、
相手にどう伝わるか、わかりませんね。

お母さんと枕野さんは話し合う時間もあまりなかったのかな。
枕野さんの病気のことも、お母さんはわかっていなかったんですね。
一番大事な人が、天に召されるというのに、時間を無駄に過ごした感があります。

優しい枕野さんは、そういう未来になることを予想しなかったんでしょうか。

では。

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