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著者は獣医師です。
獣医師の視点から生き物の命について語られています。
大変に興味深い内容でした。

ふくろうも動物は大好きで、自ら飼っていたものは
犬でしたが、さしたる重病にかかっていたとも思えません。
たんに知らないだけかもしれませんが、その頃我が家では誰も動物のことを事細かく
心配してはいなかったのだと思います。

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ふくろう、獣医さんは子供の頃憧れの職業でした。
とにかく動物と触れ合えることができたら何でも好きでしたね。
漁師さんとか、魚やさんも大好きです。

しかしそれは何も知らなかった子供だからこそ、そういう夢を見たのだと今は思います。
犬を飼っていたことがありますが犬の気持ちを本当にわかっていたかといえば
自信がないですね。
一方的にこちら側の都合に合わせて飼っていましたね。

わからないからですね。
予防接種に連れていけば、犬はあとは何とか生きるものだ
くらいにしか思っていませんでした。

小学4年生の時にスピッツの子犬が家に来ました。
かれこれ高校生のころまで生きたので8年くらいの付き合いでした。

亡くなった時にはそばにいなかったし、
家族が私が落ち込むと思ってさっさとお墓をつくり、
埋葬して、学校から戻ってそれを私が知った次第です。

そりゃあもう泣きましたね。
忙しくてめったに付き合ってやれなかったけど、
大事な存在ではあったわけです。

今のようにドッグフードがなかったし、
家族の食べ物の残りものを食べさせていました。
亡くなってからは夢にはよく出てきました。

我が家の歴史で、犬も猫もみんなそうだったようです。
その頃はどこも似たり寄ったりでした。

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愛犬が亡くなってからは、子供に文鳥を飼ったのが最後です。
それも数年前に亡くなって、我が家の墓の隣に埋めてやりました。
文鳥の性別はわからずじまいでした。
獣医さんに一度だけこの文鳥を連れて行ったことがありました。

元気がなく、フラミンゴみたいに片足で立っているので、
獣医さんに見せると、
「捻挫です」ということでした。

小さな体にお注射を一本打ったかな。
後は寝床を温かして様子を見ました。
鳥って体温が高いんですね。

熱帯魚にも挑戦しましたが、
とにかく我が家はお魚とは相性が悪いらしく、
すぐにお墓をつくることになりました。
なのでお魚はあきらめました。

生物である以上、必ず死ぬ時が来ます。
それが自然ですから。
この本は著者の経験から命について考えさせられました。
ふくろうは飼っていた動物の命と向き合えただろうか。

経済状態もあるんですよね。
動物は保険がきかないですから。医者にという発想が
湧かない。

動物は人間のように言葉で発信できないですよね。
そこを診断したり、飼い主さんと話し合ったり、
またはじめての経験を積み重ねながら、
獣医師の仕事をやって、さらにコツコツと研究もされている
著者はすごいと思います。

動物との付き合いも人間の都合が優先されますね。
それでもふくろうの友人で、大型犬を最後までみとった方もいます。
現実に、大変だったと言ってました。
彼女は今でも犬を飼っています。
今は、小型犬にしていますね。

ふくろうは体力などを考えると動物の世話はもう無理かなと
思いますが、近所のイヌやネコで癒されていますので、
ま、いいかとこの頃は思っています。

でも今後も動物のことはいろいろと知りたいですね。
好きですから。自然や生き物が存在するから
人間も生きていられると思います。

この本はいろんな意味で勉強になりました。
生き物を考えながら人間の生について考えました。
「向き合う」の意味をずっと考えました。
そして、
命は尊い、と読んだ後に思いました。

では。

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