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こんばんは、ふくろうです。
今日は、平岩弓枝作『女たちの海峡』でございます。

昔テレビで音羽信子さんがローザ役だったのをかすかに覚えています。
平岩さんの作品にはいつも外国が出てきます。

文章から想像できる範囲で、素敵な風景や出来事がたくさん描かれていますね。

何十年か前に読んだこの作品を今再び読みたくなって手に取りました。

年齢のせいか、読め方が以前と違いますね。

経験が宝だというのがわかる気がします。
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どこが違うのかと比較してみました。
年を取ってから、わかる気持ちが増えたからではないかと思います。

いろんな人の気持になれるからでしょうね。

そういう意味では若い頃よりも描かれるシーンを思い浮かべやすいということかな。
平たく言えば理解ができることが増えて、同じ作品を読む際にイメージできることが多くなるからでしょうか。

山本陽子さんも大好きでしたね。この方は平岩作品にはぴったりでした。

華道が描かれる部分も美しいです。和服もそうですね。

外国に関係のある作品ですが、フラメンコのシーンが好きでした。

ローザの衣装が黒一色で描かれるフラメンコの踊りが美しく立ち上がってきます。

聞こえてくるというか見えるというか、読み終わった後に印象が一番残りましたね。

何十年前より冷静に読めた気がします。

時間的な余裕の違いかもしれませんね。いや単に時間だけでもないですね。
おなじ本の読後感が違う気がするのも時間が流れているせいなのか。

過去のふくろうは過去のものですね。

今ここまで進化してきたふくろうの立ち位置から見たものが以前と変わっていても当然でしょうね。

主人公の麻子の複雑な生い立ちが気の毒でした。

美しい女性です。
二人の男性から愛されて求婚されますが、麻子の置かれた状況では結論を出すにも

慎重にするしかないのでした。

誰が誰の子供なのか、この点で麻子は苦しみます。

ローザは実の母ですが、子供からしたら、許しがたい気持ちになるでしょう。

自分の子供の父親が誰なのか、そのくらいちゃんとはっきり把握しておいてよねと、
ふくろうも憤りを感じました。

実の娘の麻子からしたら、どう考えたらいいのか、さしあたって、怒りをぶつけるしかないでしょうね。

時を隔てて、子孫に迷惑な所業が影響します。

けじめがつかないとか、情におぼれたとか、誰かに寄りかかりたかったとか、
そりゃあ、人間ならだれでもあるでしょうけど、

責任はとれていません。
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自分の好きなようにみんなを振り回した挙句、勝手に線を引いて、自分の人生の絵を描き続けるローザでございます。

ふくろうは哲郎の恋を応援したかったから、ローザのおばさんに腹が立ちましたね。

先延ばしし続けた、しかもすでに間に合わないことを、ローザが気になって見に来たわけですね。

子どもを育て、子供とともに暮らすことを選ばなかったローザの中に、麻子への愛が少しでも残っていたということでしょうか。

そもそもローザは何をするために日本に戻ったのでしたかね。

ひとめ我が子の成長した姿を見たかった、これはわかります。

麻子が父親がおなじ哲郎と恋をしたら悲劇であることを案じてはいたのでしょう。

知らなかったとしても、先で事実がわかった時にみんなが傷つきますよね。

遺伝子検査をしてからでないと結婚できません。

麻子に責任があることではありません。

実の母でなくても小夜子の愛情があったからこそ麻子がいい子に育ったのですね。

いい関係の義母ムスなのでした。

ある意味理想です。

小夜子は人が良くて辛抱強い女性です。徳を積んでいると思います。
麻子が大事にするのもわかります。

知之のおじとローザの関係にはついていけませんね。
おじさんが今から青春を取りもどしたいのね、とは思いましたが、
主役じゃないのよ~と言いたかった。

麻子は大人ですが、自分が置かれた状況からどう立ち上がっていくのか。

ラストで、ローザは勝手に幕を下ろし、
麻子の気持ちの整理はまだつきません。

さっさと消えるなら初めから中途半端なかかわり方をするなと言いたかったです。

古代なら父親が同じでも婚姻はあり得たかもしれません。

ふくろうは哲郎君一押しでした。いい息子さんだと思いました。
いずれにしても気になる物語でした。
では。
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