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モーニング!ふくろうです。
今日は石坂洋次郎さんの『台風とざくろ』でございます。
タイトルはどういう意味なんでしょうか。
最後に明かされますよ。
「台風とざくろ」は、昔テレビドラマで見たことがあります。
主人公の英子は大好きな松原智恵子さん。
石坂洋次郎さんのドラマで主役はいつも
松原さんが出ておられて、ふくろうの憧れの女性でした。

ふくろうがドラマを見たのは中学生の頃だったと思います。

このドラマの主題歌「あこがれ」を森山良子さんが歌っておられましたね。
素敵な曲です。それから挿入歌の「並木よ」これもいい曲でしたね。

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このお話では面白い会話がたくさん出てきます。
会話が多くてちょっとふくろうは読むのに時間がかかりました。

英子は恋人で先輩の一雄を山岳事故で失います。
いきなり物語はここから始まります。
二人の馴れ初めや思い出はそのあとから語られます。

二人が出会ったことでそれぞれの家族の付き合いも
始まります。
そこで交わされる様々な会話が心に残る作品です。

設定が、産婦人科医院と葬儀屋の家族のとりあわせなので、
何かと人の生と死の話が出てきます。

性の扱い方も、作者の人柄がよくでています。
さわやかで新鮮で、胸を打つ描写がすきですね。
健康的な人間像が魅力だと思います。
前を向いて真摯に悩み、進んでいく人々がいます。

口は悪いけど、心はあったかい人々が、交流しながら、
主人公の英子の青春が進んでいきます。
ふくろうとしては英子の将来に興味がありますね。

悲しみを乗り越えてどういう風に未来を創るのか。
作者の人生経験豊富な暖かさが伝わってきます。
会話の言葉一つ一つが新鮮で、ふくろうの心に響いてくるのです。

若いころこんな家族にあこがれたものでした。
ユーモアと知恵が詰まった物語。
石坂さんの小説を読むと忘れそうになっていたなにかを
思い出すのです。

ふくろうが「青春」ということばですぐに思いつくのは、
石坂さんの小説のタイトルなんですね。
そのイメージを心に入れていると、夢が見られそうでした。
少なくとも勉強になりました。

いまでも、それらの物語のなかに行って見たいと思い続けていますね。
永遠にそこにある世界に。

タイトルの意味は何だっけ?
と考えていましたが、最後にわかります。
このイメージがひらめいたと石坂氏は語っています。

ふくろうも、自分の脳裏にイメージを浮かべてみて、
自分なりでしょうけど、すごく新鮮な感じがしました。

この物語には悪人が登場しません。
その意味では安心して読めました。
悪人を登場させなくても、平凡に見える人生でも、
実は見た目ほど平凡で簡単なものじゃないんだ、
と思いました。

昭和40年代の作品なので、今の時代の世相や青春模様と比べると、
当たり前ですがずいぶん違いますし、
平凡に見えた両家の両親の人生も決して
平凡で片づけられるものではなかったのです。

英子がいつどうやって一雄の死から立ち直って
新しい愛に生きる決意をするかを知りたいと思いましたね。

英子自身もさらっといろんなことを言っているように見えますが、
心の中まではさらっとはしていなかったと思うのです。
愛する人を失った後は、神経も含めて体も動けないというか、
声を上げられないような状況だと思えるのです。

よく、「時間が薬だ」となくなったおじが言っていました。
「人ひとりいなくなる」事の意味はどんな人にとっても
重いはずです。

乗り越えるための時間を過ごすわけですが、
決して一人ではない。
自分の家族、一雄の家族とともに生きてきたんですね。
そういう人たちが存在するって、幸せですよ。

性の問題についても歯に衣着せずみんなが語れるような
明るい家庭です。拓けている家庭ですね。
ここまで語れる家庭はなかなかないかもしれません。

英子の言葉は時にきつい感じもするのですが、
語れる言葉から出していたのでしょう。

英子と二郎の恋も、周囲から見れば、進行の速度が遅い
と思われていました。
ゆっくりと時間をかけて心が寄り添う関係ですね。
落ち着き払っているようでも情熱がないのではありません。
タイミングって、両方が熟す時期のことだと思いますね。

ともあれ二組の結婚式が行われたことは間違いがないと思います。
昭和のドラマ、またみてみたいとおもっています。
今見たらどう感じるでしょうね。

そこもまた興味があります。

石坂洋次郎さんの作品は、何だろう、
ふくろうはいつも若葉の中にいるようなそんな感覚です。
何度でも行って戻ってまた行きたい世界、なつかしい昭和の作品です。
では。
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